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『韓非子』顕学篇ダイジェスト+α


『韓非子』顕学篇が好きすぎるので、前半ダイジェストしてくれる法家さん(と話を聞いたうえで自分のほうへ持っていく雑家さん)を描きました。ある学派が他の学派や人々について言及(評価or批判)したうえで、自分の考えを述べる流れがめちゃめちゃ好きです。そういう意味で顕学篇も五蠹篇も大好き。 『韓非子』は例えの一つ一つが的確で、読んでて気持ちいいな!って思います。

(補足)今回描いた、顕学篇の最初の節における法家的ツッコミポイントはざっと3つ
①儒墨の理想とする人物(それぞれの学派の開祖である孔子・墨子)はすでにこの世におらず、学派内のどの派閥(儒墨ともに開祖の死後に複数の派閥にわかれたとされる)が正しいか鑑定不能
②儒墨はともに古の聖王である尭舜を理想とするが、双方解釈違い&尭舜は孔子や墨子と同様にすでにこの世におらず、儒墨どちらが正しいか鑑定不能
③尭舜ははるか昔の人物であり詳細はわからないのに、儒墨双方が確かであるとして自説の根拠にしている

また、そのうえで法家は「明君は不確かな学説や基準の一定しない道徳を受け付けないが、現状世の君主たちは(儒墨のような原理の異なる考えを)どちらも尊重している⇒原理の異なる学問道徳は両立できないものであり、ひいては政治の乱れにつながる」と主張します。 …とここまでが概ね原典の要素で雑家さん登場は創作ですが、『呂氏春秋』内に「孔墨は大道を成し遂げられなかったものの、世にしめすことには成功した/支配地はないが君主であった」的なまあ前向きな評価が見られることと雑家思想自体の性質(諸家の説を取捨総合する)からこんな感じになりました。

2019/12/08 up
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